妊娠中の奥さんを気遣って禁欲しても「不幸の共有」にしかならないって話…夫婦で共有するなら幸福が良い

投稿日:2014年2月1日 更新日: 9,935 views

恋人
なんとなくそれっぽい画像を貼り付けてみた

この部分には以前は別のサイトの記事を貼り付けていましたが、他者を攻撃しているようにも見れる感じになっていたので削除しました。

「妊娠中の奥さんは色々な事を我慢しなければならないのだから、夫も一緒に我慢してあげてはどうだろうか?」と言う話が話題になっていたので、それについて個人的な見解を書いておきたい。

「奥さんに合わせて旦那も禁欲するべきだ」というのは、僕には「不幸の共有」に感じるからです。今回は不幸の共有と幸福の共有について、ちょっと書きたいと思います。

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不幸の共有をしてもお互い辛いだけ

僕は一応娘が一人いるので妊娠中に妻への配慮を考えた事があります。

僕は昔から食べる量が多く、特に妊娠中は僕がまだ肉体労働をしていたのでよく食べていました。

深夜にスパゲッティーを丸々1袋(多分300~400gぐらい)平らげるなんてしょっちゅうでした、それでも毎日続く残業に体重が減り続けていた時期だったので、本当に「食わないと持たない」って時だった。

でも奥さんは妊娠中だから夜に酒も飲めないし、夜食を食べる訳にはいかない。そもそもあんまり食べないんですが、僕が目の前で大量のスパゲッティ食べてたら色々思う所はあるでしょう。

でも僕が「お前食えないし、僕も止めた方が良い?」って聞いたら「いや、食べないと貴方が倒れちゃうでしょ。気にしなくて食べて良いよ」と笑顔で言ってくれました。

実は似たような事を親父に言われた事があります。

亡き父に言われた切ない言葉

うちの親父は食道ガンで亡くなったのですが、末期でほとんど食事が摂れない時に僕にこう言ってきました「病院の近くに美味いそばとカツ丼をセットで出してくれるぼろっちぃ店を見つけたから、食いに行こうや」と。

僕はお肉が大好きで、そばも大好きです。これは親父と共通の好物だったので、よく二人で食べに行っては「ここマズイな」とか「ここ美味いな、また来ようぜ」と楽しんだものです。

ですがその時点で親父は末期の食道ガンで、食事は一切受け付けない状況でした。大好きだったざるそばを食べようとして喉に詰まらせ(食道ガンは食事が喉を通らなくなります)全部戻して、あんなに大好きだったのに「二度とそばなんぞ食べん」と言った時の親父の表情は今も忘れられません。

その親父が「食べに行こうや」と言う…僕は「いや親父、飯食えんのとちゃうの?」と聞くと「食えなくなる前にちょっと食ったんだ。凄く美味しかったから、お前に食わせてやりたいから、行こうや」と言いました。

書いてて今も泣けてくるんですが、自分が全く食事も摂れずに、食べたくても食べれなくて痩せこけて死にかけてるのに「お前に食わせてやりたい」とか言いやがるんですよ。

その時は「さすがに僕だけ食うなんて出来ねぇから、ちゃんとガンを治してまた二人で行こうぜ!!」と言って僕は拒否しました。

僕はこの時の事を今は後悔しています。

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僕は不幸を共有してしまった

親父が食事を一切摂れない事は本当に辛かったと思う。だけどそこで「お前も苦しめ」なんて思う奴がどこにいると言うのか。

親父はきっと「死ぬ前に、お前が美味しそうに俺の前で御飯を食べてる所を見たい」と言いたかったんだと今は思います。

僕は親父が食えなくなってから、親父に隠れて御飯を食べるようになっていたので。

何故僕は親父がオススメする店に最後に一緒に行かなかったのか、何故親父の前で「親父これ美味いな、ありがとな」って言ってやらなかったのか、今でもたまに後悔するんです。

僕は拒否した時点で親父の不幸を共有してしまった。もし一緒に食べに行って「親父ありがとな」と言えていたら僕から親父に幸福を共有する事が出来たのではないか?と今なら思うんです。

それはやっぱり自分が結婚して、嫁や娘が出来たからこそ気付いた事でした。

僕は家族に同じ思いをして欲しくない

自分がどんな病気だろうと、動けなかろうと、僕の面倒を見るのは結局嫁です。

僕は自分がしんどい時「お前も苦しめ」なんて全く思いません。

僕が仕事詰めになって家にずっと引きこもっている時は、嫁が子どもを連れて公園に行ったり、実家に行って義母や義父と子どもを遊ばせてくれます。その際に美味しいものを食べてきたとしても、僕は「何故お前だけ」なんて全く思いません。

「今日◯◯食べたんだ」と言われても「おおそうか、良かったな」としか思いません。

仕事ばっかしてて外に出られなくて辛くても、同じ思いを嫁や娘にさせたいとは思わないのです。

病気でダウンした時も同じです、僕の面倒を見る事で嫁はストレスを抱える事になります。それなのに「お前も同じように不自由になれ」とは全く思わない。

「僕が動けない分、お前だけでも楽しんでこい」少なくとも僕はそう思います。外に遊びに行くにせよ、美味しいものを食べに行くにせよ、僕の不幸を共有して欲しいとは思わないのです。

僕は嫁が楽しそうにしていれば嬉しいですし、娘が嬉しそうにする顔を見るのが大好きです。今なら、何故親父が自分が全く飯を食えない状況なのに「美味しい店屋があるから行こうか」と言ったかよくわかるんです。

僕なら本当に辛い時なら、子どもが喜んでる顔が見たいからです。僕が食べれない事で、子どもも同じように苦しむのは嫌だからです「好きなものを沢山食べなさい」と言いたい。それは嫁に対しても同じです。家族に対する愛情ってそういうもんじゃないでしょうか??

どうせ共有するなら幸福を共有したい

不幸の共有なんてしても無駄なんだと僕は思います。正直不幸の共有を求めるのは不健全だと思うし、よろしくないと思う。

僕なら不自由を共有してお互いに不自由になるよりも、自由に動ける人には自由に動いていて欲しいと思います。

そして自由に動いてリフレッシュした状態で僕を支えて欲しい、って思いますね。

僕を支えてストレスを抱える分は、自由に動いて発散してくれれば良いしね…。

勿論、妻が妊娠しているのに夫が毎日遊びほうけている場合は話は別ですが、例えば食事とか全部準備してくれたりする分は「気兼ねなくストレス発散はしてね」って僕なら思いますね。

逆に妊娠中に「お前も禁欲しろ」って言う奥さんだったら、ぶっちゃけその時点で僕は冷めますよ…。僕の奥さんが出来過ぎてるだけなんですかね??

不幸の共有して何になるのか、僕には理解できません。

今回のまとめ

  • 不幸の共有してどないすんねん
  • 相手を思いやるのは当たり前の大前提
  • 幸福の共有をした方が良いんじゃないか?
  • 家族に不幸にはなって欲しくないよね。

今回思った事はこんな感じです。世の中の夫婦ってそんな適当に生きてるんですかね?違うだろうに…。

なんかこういう結婚や出産とかって、ネガティブなイメージが先走り過ぎているだけな気がせんでもないです…本当にそんな「不幸を共有しろ!」なんて言う奥さんいるの??いるなら僕はそんな女性と結婚したくないですね。

絶対に最終的にこちらを不幸にしてきそうだから。

夫婦は辛い時に助け合うべきもので、そのためにはお互いに不幸になってちゃいけないって僕は思いますよ。元気な方が引き上げてあげないと…その為にも相手に元気を失われたら困るはずです。

それが本当に支えあうって事じゃないでしょうか?

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